保育で1番大切なこと~”支配と管理”から”受容と信頼”へ(中編)~


「”支配と管理”する保育から”受容と信頼”する保育へ」をテーマに全3回に渡ってお伝えしています。中編は、「保育の中で1番大切なことは何か」ということを事例とともにお伝えします。
前編の記事はこちら≫『子どもがついてくる保育を!~”支配と管理”から”受容と信頼”へ(前編)~』
子どもを支配していくと保育はどうなるか
子供に対してとても支配的・管理的な園がありました。
その園では入園の時から、生活の中で待たせたり並ばせたりと大人の指示に従う箇所をたくさん設け、多くのルールを課し「それはいい」「それはダメ」といったことをしています。
従わなければ怖い顔を向けたり叱ったりすることで、まるで「誰がボスなのか」と印象づけるようなことに力を入れ「保育園生活・集団生活を学ばせる」のだそうです。
猿回しという伝統芸能があります。
猿回しでは、猿に芸を仕込む時の最初の段階で、人間が猿に本当に噛みつきねじ伏せます。そうして屈服させることでその人間がボスであることを理解させ、従うようにさせていくのだそうです。はっきり言って、この保育園がしているのはこれに近いことでしょう。
支配的な保育の考え方の最も基礎にあり残念なことは、子供の力を軽視していることです。子供への視点の前提に、「子供とはわからないものだ」「できない存在なのだ」という認識があります。
大人に従順に従う存在に仕向けて、「一つひとつ”正しい行動”を取らせていかなければならない」と考え、そのために「支配」や「管理(コントロール)」することを用いるようになってしまっているのです。
このかたちで保育をスタートすると、ずっと子供を効率よく支配し続けなければならなくなってしまいます。支配することが「保育」になってしまうと、保育の仕事はストレスばかりが多く、とてもつまらないものになっていくことでしょう。
「できる子」を目指さない!「できる」はついてくるもの
多くの大人は子供を前にすると、「この子を伸ばさなければ、○○を習得させなければ、学ばせなければ」と考えがちです。
保育でもさまざまなカリキュラムを設定し目標を決め、目標に実際の子供を近づけることが要求されますので、どうしても「○○できる」を子供に求めてしまいます。
その気持ちがあまりに強いと、第1回目の記事『子供がついてくる保育を!』でもお伝えしたような、支配やコントロールすることで子供を目的の「型」にはめ込もうとしてしまいます。意識がいきすぎれば「疎外」や「体罰」まで使った力技の保育になってしまいかねません。
できるようにしなければならないと強く考えている人は、「まだまだ子供の力を知らないのだな」と感じます。子供の力がどれほどのものか知らないので、「子供を信じること」ができていません。
そのため、まるで粘土細工の粘土のように子供の姿を直接大人がこねくり回して、大人の設定する「型」に押し込むような関わりになってしまうのだと思います。そのようにすることで「私がそれをさせた」と自己満足してしまいたくなっているのでしょう。
子供は、粘土細工ではないのです。大人が直接こねくり回さずとも、必要なことを達成するだけの力をすでに身の内に持っています。それはまるで、花の種のようなものです。
「○○できる」だったら、その子はすでにもう持っています。それが自分の力で、また自分の意欲で開花できるようにサポートしてあげることが本当の保育士の仕事です。
「その子は、もう”○○できる”は持っている、今はまだそれが表れていないだけだ」とその子のことを見てあげることができれば、力技でやらせようとせず、自分でできるようになる姿を待ってあげられるようになります。これが、子供を信じるということです。
保育で1番大切なこと
では、保育士は子供ができるようになる力を自分の力で開花させてあげられるようにするには、どうすれば良いでしょうか?
まず、例えば
- ・食べ物の好き嫌いのないように
・おむつがはずれるように
・話を聞けるように
・友達とうまく遊べるように
・モノの貸し借りができるように
・並べるように
など、たくさんの「○○できるように」といった、目先の目標は忘れてしまいましょう。そのようなことも大事ではあるのだけど、それらに捕らわれてしまうともっと大きな一生続く力を伸ばしてあげられなくなります。
保育をする上で1番最初に最も大切なことは、子供一人ひとりに「”安心・安全”をプレゼントすること」です。
子供はみな家庭から離れ、保育園という外の世界に来ることに不安を感じています。
保育士は受容的でおおらかであり笑顔でいること、さらに個々の子供の気持ちに寄り添うことで「ここは安全なんだよ、安心なんだよ」と身体と心で表し、一人ひとりが安心して過ごせる場を作ってあげることが必要です。これがなければ、いくつかの「○○できる」を獲得させたとしても意味はありません。
安心・安全を一人ひとりにプレゼントする過程で、子供は保育士に頼ろうとしてきます。
中には「子供を甘えさせてはならない」という考えのもと、突き放してしまおうとする人もおりますが、大人に依存したいと思う気持ちは誰もが持つものであり、信頼感の表れでもあります。
気をつけなければならないのは、自立をはばんでしまうような過剰な依存のあり方です。新しい環境で保育士に頼りたいというものは子供の自然な気持ちですから、自立を妨げないように応えてあげればいいのです。応えていくことで、「信頼関係」が築かれていきます。
- ・あたたかい気持ちを持って身の回りの世話をすること
・遊びを見守ってあげること
・相手をしてあげること
・言葉がけやスキンシップ、笑顔を向けてあげること
・子供の気持ちを受け止めること
このような日常のすべてのことが子供の気持ちに応えることであり、信頼関係を構築することにつながります。
この時、無表情でまるでモノでも扱うように流れ作業でおむつ替えなどをしていたら、子供は安心感を得られませんね。むしろ不安をかき立て、そこを居場所と思えなくなってしまうでしょう。
一つひとつのことを、子供の気持ちに寄り添い、受け止めていくこと。そうすることで初めて子供に「安心・安全をプレゼントしたこと」になるのです。
これが保育の基礎であり、同時に保育のすべてと言っても過言ではないかもしれません。(今述べたことは、皆さんももちろんご存じで”当たり前”のことだとは思います。でも、”当たり前”のことほど忘れやすいものです。)
このように、安心・安全な自分の居場所で信頼関係を持った保育士に見守られることが維持されていれば、大人が子供に習得させなければならないと考えるさまざまな「○○できる」は、すべて「その子のペースで」「その子の力で」、また「周囲の子供の力で」達成していけることなのです。
現役保育士からの相談を基に考えよう
この前、僕の保育研修後に、現役の保育士からこんなことを相談されました。
『年長クラス。子供たちのモノの取り合いのトラブルが多くて困っている。』さらに話を聴くと、『それらのトラブルに対して、こまめに保育士が介入して謝らせたり、どちらが使っていたモノだと判定したり、他のモノで遊ぶように促したりと一生懸命頑張っている』とのこと。
それに対して僕はこのように伝えました。
「もし、自分と子供との間に信頼関係がきちんとできていると思うのならば(幸い年少から持ち上がりの担任で信頼関係はできていた)”否定の視線”ではなくおおらかな気持ちでできるだけ見守るだけにして、手が出てしまうなどの危険なこと以外は子供に任せてやらせてみたら」
それを半信半疑だけれども実践してみたところ、そう時間をおかずに子供たちの姿が変わってきたとのことです。
- 事例:遊びの中でのトラブル
活発で遊びが上手な気の強いA君と、月齢が低く全般的に幼く、遊びを壊してしまうことがありいつもA君とトラブルになることの多かったB君。
やはり、遊びを巡ってトラブルになったが、保育士は手を出すのを我慢して見守るようにした。当初はいつものようにトラブルになり、B君が泣くことで終わっていたが、次第に変化が出てくる。
何度か同様のことがあった後、そのB君が泣いているのを慰める女の子が出てきた。またしばらくして「B君も入れてあげればいいじゃない」とA君に意見する別の子が出てくる。
さらにその後、A君と一緒に遊んでいることの多いC君が、B君に「こうやって遊べばいいんだよ」とサポートする姿が見られてきた。それから、A君がB君にいろいろと教える姿が出てきて、一緒に遊べるようになってきた。
- 見守った結果、保育士が感じたこと
保育士は、それまで良かれと思って子供に介入してきたことによって、実はそれが子供たちの力を発揮させる場を奪ってしまっていたことを実感したということでした。
これは本当にいい経験ができたと思います。なぜなら、“子供を信じること”によって、子供がより成長するという保育実践だからです。
どれだけ経験年数を重ねても直接的に子供を正しい姿に粘土細工してしまうことでは、この経験をすることはできません。
一度子供を信じることによって子供がより成長するという実践経験を得られると、他の所でも子供を信じて伸ばすアプローチがしやすくなります。
一般の人はもちろん、保育士も少なからず「子供の正しい姿を”作り出すことが”大人の役割」と思ってしまっています。
それゆえ一般の人は、子供への関わりが過保護・過干渉気味になったり、怒ったり叱ったりの多い子供を押さえつける方向の関わりになりがちです。そして、子供に関わる職業の人は、子供への支配や管理がうまくなってしまいます。
保育は、保育士である「私」が主体になって子供の姿を「正解」に当てはめるのではありません。保育の主役はあくまで「子供」です。子供自身を主体にして、適切な力を身につけさせることが本当の保育士の役割になります。
保育士は、子供の成長にもっとも大切な乳幼児期に接する専門家です。どうか、子供と信頼関係でつながるスキルを身につけ、それを実践し周囲の人にも伝えられる役割を担って欲しいと思います。
—————————————
【お知らせ】
●保育士おとーちゃんの『保育士向けセミナー』が開催されます!
日時:7月3日(日)13時~15時:30
テーマ:『”子どもの尊重”ってなんだろう?~理念と結びついた実践を目指して~』
詳細はこちら≫『保育士向けセミナー』開催情報
●著書の新刊が発売されました!『保育士おとーちゃんの「心がラクになる子育て」』
子育てにおけるヒントがたくさん散りばめられていて、保育士の心にも響く内容です。
●第1作目の著書『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』
●ブログも書かれています。ブログ内にはこの記事を書いた想いも載っております。ぜひご覧ください。
≫保育士おとーちゃんのブログ
みぴょんさん(2016年8月4日)
その子のペースで、主役は子ども、という内容に共感しました(T_T)
そして、いま11ヶ月の子どもがおりますが今後の子育ての参考にしたいです(T_T)
マカロンさん(2020年5月7日)
57歳で正規の保育士就任。勤続2年目に入ったものです。支配と管理については私の常日頃、感じていたことを言葉にしてくださっていたので拍手したいほど嬉しかったです。子どもは保育者に支配されると従うか反発するしかなく、いつも先生の顔色をうかがっていることになります(実際の現場経験から)無意識に支配する男性保育士とペアを組み、その中で話し合いの場を持ち続けていくうちに男性保育士の支配感が小さくなっていきました。須賀さんの声をもっともっと拡散し子どもを信じるパワーが定着していくこと願っています。